近年、医療をテーマにしたテレビ番組や各メディアで、「人工透析」という言葉を聞くことが増えています。
一般的に、人工透析に関するイメージといえば「つらい」「痛い」というイメージが先行し、ひいては「怖い」といった先入観につながってはいないでしょうか。
その一方で、2016年には某ブログで、人工透析に対する誤解ともいえる内容が掲載され、大きな話題となりました。(その後、歪曲報道があったことも判明)。
いずれにしても、日本においてはまだまだ、人工透析に関する認識が不十分であるようにも感じられます。しかし現在、腎臓疾患や糖尿病の患者さんには、ぜひとも知っておいていただきたいことがあります。
今回は、そもそも人工透析とは何なのか。そして人工透析はどんな病気に対して効果を発揮するのか、ご説明いたします。
コンテンツ
人工透析とは?
人工透析とは、一言でいえば「腎臓の機能を人工的に代替すること」です。
腎臓が機能しなくなった状態、「腎不全」になった場合は、人工腎臓に血液を送り、体内の血液を浄化しなければなりません。
これを人工透析、あるいは血液透析療法(血液透析)と呼びます。
では、日本にはどれぐらい人工透析を受けている患者さんがいるのでしょうか? こちらの表をご覧ください。
年 |
導入患者数 |
慢性透析患者数 |
1985年 |
13,416人 |
66,310人 |
1990年 |
18,411人 |
103,296人 |
1995年 |
26,398人 |
154,413人 |
2000年 |
32,018人 |
206,134人 |
2005年 |
36,063人 |
257,765人 |
2010年 |
37,512人 |
298,252人 |
2015年 |
39,462人 |
324,986人 |
(日本透析医学会ホームページより)
日本透析医学会の調査結果によれば、2015年末の「慢性透析患者数」(透析人口)は、324,986人。1985年から30年間で、3倍に増加しています。
それはつまり、腎臓に疾患を持つ患者さんの数が増えているということでもあります。
70年代初頭は1万人に満たなかったという患者数が、80年代から急増し、90年代に入ると10万人を超え、2011年には30万人を突破しています。
年間の導入患者数(新たに人工透析を受け始めた患者数)は、2015年が39,462人。それだけの数の方が人工透析を受けているにも関わらず、いまだ人工透析に関する正しい認識は、一般的に浸透していないわけです。
具体的に人工透析とはどんな医療行為なのでしょうか? その内容をご説明する前に、まず腎臓という臓器について解説したいと思います。
腎臓の働きと腎不全・尿毒症
腎臓という臓器の名前はよく聞かれると思いますが、では腎臓はどこにあって、いくつあるかご存知ですか?
実は、腎臓はお腹の中に2つあるのです。腰のあたりに、握りこぶしほどの大きさで、左右対称に1つずつ存在しています。
腎臓は、体内の余分な水分や血液をろ過し、老廃物を尿に作り替える働きをしています。そして腎臓とつながっている尿管から、膀胱、尿道を通って体の外に排出されます。
その腎臓に影響を与える病気の代表例としては、
- 腎炎
- 糖尿病
- 高血圧
- 痛風
が挙げられます。
こうした病気によって、腎臓の働きが正常時の半分以下になってしまうと、老廃物や水分が排泄されず、体のなかに溜まってしまいます。これが「腎不全」です。
そして腎不全になる、つまり体のなかに老廃物が溜まっていくと「尿毒症」という症状が起こります。
尿毒症の症状には、主に次のようなものがあります。
- 吐き気/嘔吐
- 疲れやすい/倦怠感
- 食欲の低下
- 記憶力の低下
- 呼吸が苦しくなる
- 貧血
- 高血圧
- 不整脈
など、体のありとあらゆるところに症状があらわれます。
腎不全になった場合は、薬物治療や食事療法を行いますが、それでも腎機能の低下が止まらないこともあります。
それは腎臓が、一度機能が低下するとなかなか回復しにくい臓器だからです。
結果、腎臓の機能が低下し続けると、日常生活を送ることが難しくなり、生命に危険を及ぼすこともあるほど、こわいものです。
これほどの状態になった場合は、治療方法として人工透析を検討することになります。
人工透析の仕組みは?
人工透析とは「人工腎臓に血液を送り、体内の血液を浄化する」という治療法です。
その仕組みは次のとおりです。
- 人工腎臓に血液を送る
- 血液中の毒素・老廃物・水分を除去する
- 酸性に傾いた血液を弱アルカリ性に戻す
- 血液中の電解質を正常に戻す
この治療は1回に4時間かかり、週3回行うのが一般的です。
また、人工透析(血液透析)では多量の血液を体外に出すために、「シャント」と呼ばれる、腕の血管の動脈と静脈をつなぐものを作ります。
これによって取り出された血液は浄化され、再び体内に戻ります。これが人工透析の工程になります。
透析中の日常生活で注意すべき点は?
人工透析を受けている間は、日常生活でも注意しておかなくてはならない点が、多々あります。
その最たるものは「水分」です。
腎臓機能が低下すると、尿量が減ります。しかし上記のとおり、本来は尿で排出されるべき老廃物が体内に残ってしまうため、ひいては尿毒症を引き起こしかねません。
体に水分は入ってくるのに、尿や汗などでその水分が外に排出されない……。
そこで、まずは体内に入ってくる水分を管理することが大切です。水分管理を行うには、下記のポイントを押さえておいてください。
- 体重管理
- 水分量の管理
- 塩分・カリウムの管理
- 便の管理
体重管理
透析を受けている間は毎日しっかり体重を計ってください。
なぜなら、水分が入ってくる量と出る量のバランスがとれていなければ、そのぶん体重が増えます。
つまり体重が増えている=体に水分が溜まっている=良くない状態ということが分かるのです。
そこで1日の体重増加は、1kg以下に抑えることを目安としてください。
水分量の管理
まず人間は1日に、どれだけの水分を摂取し、またどれだけ排出するのでしょうか?
その内訳を見てみましょう。
・1日の水分摂取量=2500ml
人間が1日に摂取する水分量は、2500ml(1.5リットル)だと言われています。
その内訳は
食事から摂取する水分…1日3食で1000~ml
飲料水で摂取する水分…1200ml
代謝のときにできる水分…300ml
上記3つの水分の合計が、2500mlです。
ただし、体重ごとに「摂取すべき水分量」は異なりますので、ご注意ください。
・1日の水分排出量=2500ml
対して、人間が1日に排出する水分量も2500ml(2.5リットル)と言われています。
その内訳は
尿…1500ml
大便…100ml
汗や呼吸で失われる水分…900ml
上記3つの水分の合計が、2500mlです。
つまり、人間は1日に摂取する水分量と排出する水分量は同じ2500mlで、バランスが取れているのです。
たとえば、汗をかくと喉が渇きますよね。そして飲料水などで水分を補給します。こうして体内の水分量のバランスが保たれます。
腎臓の機能が低下すると、上記のうち尿量が減りますから、水分の摂取量を調整しなければいけない、というわけです。
塩分・カリウムの管理
透析中、水分と同様に気をつけておかなければならないのは、塩分です。
塩分を摂りすぎると、喉が渇いて水分を摂取しますよね。結果的に、塩分の摂りすぎは水分の摂りすぎにつながってしまいます。
逆に言えば、塩分の摂取を抑えると、水分の摂取も抑えることができるようになります。
もうひとつ、腎臓の病気を発症した場合は、カリウムの摂取も制限しなければいけません。
カリウムは現在、サプリメントとして摂取する方が多くなりました。
もちろん、体内のカリウムが不足すると、低カリウム血症など人体に大きな影響を及ぼしてしまうので、摂らなければいけないものです。
しかしながら、摂取量が多すぎると、反対に高カリウム血症となり、不整脈など心臓の疾患を引き起こす危険があります。
カリウムの排出は腎臓が司っており、腎臓の機能が低下してしまうとカリウムを排出できない=体内にカリウムが溜まってしまう=高カリウム血症となってしまうため、透析中はカリウムの摂取量を制限しなければいけないというわけです。
便の管理
ここで言う便の管理とは、便秘対策です。
人口透析を受けている間は、食事や水分の摂取を制限されるため、便秘になりやすくなってします。また、カリウムの摂取制限も便秘の要因のひとつです。
便秘=腸に便が溜まっていると、腸閉塞など他の病気を併発する可能性もあるので、注意してください。
透析中ということは、水分やカリウムの摂取量は制限しなければいけません。かといって、下剤で無理に排便するのも、体に負担を与えてしまいます。下剤や便秘薬を服用する際は、必ず医師の指示に従うようにしましょう。
もちろん、自身で便秘対策を行うこともできます。
便秘になる要因としては、食物繊維の不足や運動不足などがあります。
そこで、できるだけ多く食物繊維が含まれている食材を取り入れたり、適度な運動、マッサージも行ってください。
また、規則正しい生活を送ること……特に1日しっかり排便する習慣をつけることも重要です。
透析中は「ホルモン異常」にも注意!
腎機能が低下すると様々なホルモンの異常が出始めます。特に透析患者さんの生命予後に関与するホルモン関係の問題としては、以下の3点が重要と考えられています。
・エリスロポイエチン
・アルドステロン系
・PTH~ビタミンD系
エスリロポイエチン
エリスロポイエチンは腎臓で作られる増血剤です。
腎臓が弱るとこのホルモンを作れず重度の貧血を来します。以前は薬がなかったため輸血のみしか対症法がなかったのですが、現在はエリスロポイエチンの注射薬が開発され、透析患者さんの寿命が格段に改善されました。
その結果、エスリロポイエチンは大部分の透析患者さんに使用される、重要な治療薬となっています。
アルドステロン系
アルドステロン系は血圧に関するホルモンです。このホルモンが腎臓の悪化などに関与していることが判明しています。
さらに、腎臓のみならず心臓や血管にも毒性を持ち、ミネラル(カリウムや塩分)にも悪影響を与える可能性があります。
近年、このホルモンをしっかりと抑える薬剤も開発され、腎臓を保護することもできるようになってきました。透析患者さんでも腎臓の予備能を改善させる可能性が示唆されています。
降圧剤は色々と存在しますが、上手く使用すると予後を改善する可能性が見込まれます。
PTH~ビタミンD系
PTH~ビタミンD系に関しては、現在でもかなり複雑な様相を呈しています。
以前はPTH~ビタミンD系ホルモンのバランスの乱れが骨折を生じさせ、患者さんのQOLを低下させることが知られていました。
現在、それだけでなく脳や心臓、血管などの心血管系疾患(脳梗塞、心筋梗塞、末梢血管障害など)の大きな要因であることが判明しています。
しかし年々、このホルモン系に対する治療薬が開発されており、患者さんの健康寿命~生命予後を改善させることができるようになってきています。
単なる透析医療だけではなく、ホルモンの問題から考える患者さんにとって快適な透析医療が望まれます。
人工透析を受けると日常生活は・・・
冒頭にも述べたように、人工透析に対しては「つらい」「痛い」といったイメージを抱く方が多いかと思います。
確かに週3回、1回に4時間、体に太い針を刺して、体内の血液を入れ替えるわけですから、「つらい」「痛い」という印象を受けるのも仕方ないことかもしれません。
人工透析の特徴は、多くの場合、入院の必要はなく外来にて局所麻酔による手術である、という点でしょう。
つまり、人工透析のために割く時間こそ多いものの、自宅で日常生活を送りながら、治療に臨めるということです。
もちろん入院治療を受けながら透析を受けることも可能で、医師と相談のうえ、患者さんに合った治療方法を選べます。
何より、生命に危険が及ぶ可能性もある腎不全を、しっかりと治療することができます。
人工透析の導入患者の死亡者数は、2011年をピークに年々減少しています。
さらに、1年・5年・10年・15年の生存率には変化がほとんど見られない、それは人工透析が安定・安心できる治療法だという証明でもあります。
腎臓の不調にお悩みの方も、今は大きな不安を抱えているかもしれませんが、そんな時はぜひ専門医にご相談ください。
人工透析をはじめとして、患者さんにとってベストな治療法をご提案しますので、克服までともに進んでいきましょう。