バスキュラーアクセスとは血液透析を行う際に、体内から血液を取り出し、再び体内に戻すために患者に造設される血液の経路です。主に手首付近の動脈と静脈を手術でつなぎあわせる内シャントや、上腕の動脈を皮下に移動させて穿刺(せんし)する方法などが用いられます。
バスキュラーアクセスの種類ですが、カテーテルを使用するWルーメン、自己の血管を用いる内シャント、人工血管を用いる内シャント、上腕の動脈を皮下に移動させた表在化動脈があります。
まず、血液透析を開始する際に患者適したバスキュラーアクセスを造設します。以降はこのバスキュラーアクセスを利用して、基本的に週3回のペースで血液透析を行います。
実はこのバスキュラーアクセスは「管理」が必要なのをご存知でしょうか。言うなればバスキュラ―アクセスは「血液透析の命綱」であり、バスキュラーアクセスに問題が生じれば透析が続けられなくなり、再び手術を受けなければならなくなります。それを防ぎ、可能な限り既存のシャントを保護して長持ちさせるためにも、患者さん自身による管理も重要なのです。
そこで、主な内シャントの保護と管理についてどのような注意が必要なのかをもう少し解説しておきましょう。
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シャントとは?
一般的に手首近くの動脈と静脈をつなぎ合わせて、透析用の太い血管を作り出すことを言います。血液透析では、体の外に血液を出してから余分な水分や老廃物を取り除きます。この時、毎分約200mlの血液を取り出す必要があるのですが、その血流量を確保するために静脈を太くする必要があります(通常はこれだけの量を静脈から取り出し続けることは難しい)。
そこで、透析治療用に専用の血管を用意するのですが、患者さん自身の血管のみで作る「自己血管内シャント」と、人工の血管を動脈と静脈の間につなげる「人工血管内シャント」があります。
自己血管内シャント
患者さん自身の動脈と静脈のみで造設シャントです。動脈と静脈をつないで、動脈から静脈に直接血液が流れるようにします。血流量が増加することによって静脈の太さを確保し、血液透析に必要な血流量を達成できます。
血液透析を受けている患者さんの約90%が、こちらの方法を利用しています。人工血管内シャントと比較して開存率(血管が詰まりにくい状態)が高く、感染症のリスクが少ないです。しかし自己血管のみでシャントを作れるかどうかは、患者さんの血管の状態により決まります。
人工血管内シャント
人工の血管を用いて造設するシャントです。自己血管内シャントを作るのに不十分な場合に用いられる方法です。一般的には5㎜の人工血管(ポリウレタンやe-PTFEを造設するのに使用します。
患者さんの血管の状態が良くない場合でもシャントを用意できるというメリットはありますが、自己血管内シャントに比べて感染症の起きやすいというデメリットもあります。また、狭窄や閉塞を起きやすいため、血液透析を受けている患者さんのうち10%に満たない利用者数となっています。
外シャント
上記の方法は「内シャント」と呼ばれる方法で、身体の中で血管をつなぎます。これに対して「外シャント」は、シリコンとテフロンという、あまり血を固まらせない材料を使ってチューブ(管)を作り、これらの先端をそれぞれ腕の動脈と静脈に入れ、血液をバイパスさせ、普段は動脈から静脈に絶えず血液を流している方法です。
欠点としては、詰まりやすく、感染症のリスクが高いということで、現在ではほとんど使用されていない方法です。
非シャント法
動脈直接穿刺法
シャントを作らず、上腕動脈などに直接穿刺する方法です。基本的に緊急時の透析のために用いられる方法です。
動脈表在化
動脈を皮膚の直下まで移動させる方法です。動脈は血液の流れが豊富でシャントとして適していますが、繰り返し穿刺することにより血管障害を招く恐れがあります。そこで、針を刺しやすくするのが動脈表在化です。
カテーテルの留置
特別なカテーテルを静脈に留置する方法です。シャントにトラブルが生じた場合などの緊急時に用いられる方法です。
シャントに発生するトラブル
シャント感染
シャントに細菌が感染する可能性があります。内シャントの場合であれば、「手術創の感染」と「穿刺による感染」が考えられます。早期に発見できれば抗生物質の投与で治療できる場合もありますが、再手術を必要する場合や敗血症になる可能性もあります。
自己血管と人工血管では、人工血管のほうが感染を起こすリスクが高いことがわかっています。もし人工血管に感染が起こった場合は、人工血管を取り除かなければなりません。
シャントに感染が起こった場合、以下の症状が現れる可能性があります。
- シャントの痛み
- シャントのかゆみ
- シャントに熱を感じる
- 膿が出る
- 高熱
- 穿刺部が赤く腫れる
シャント狭窄
シャントが狭くなってしまい、透析に必要な血液量を確保できなくなってしまいます。透析時の脱血が悪くなり、返血時の圧力が低下してしまいます。シャント音の弱さと、すきま風のような音が鳴るのが特徴です。
シャント閉塞
狭窄を通り越し、シャントが閉塞してしまう可能性があります。血栓などを原因としており、シャントとして機能していないため、透析の継続のためには早めの処置が必要になります。
シャント血管瘤
シャントが瘤状に膨らんでいる状態です。瘤が小さければ経過観察を行いますが、短期間で拡大して何らかの症状が現れている場合には治療が必要になります。瘤には種類があり、一つは穿刺部に発生するもの、もう一つは吻合部に発生するものがあります。
静脈高血圧症
シャントによって静脈は次第に拡張されるのですが、狭窄や閉塞を起こして静脈の血圧が上昇します。心臓に近い場所で逆流を起こしてうっ血し、シャントを作った腕の全体、または一部が腫れます。完全に閉塞してしまうと手術が必要であるため、狭窄のうちにPTAによって拡張する必要があります。
スチール症候群
シャントを作った手の指先に向かって十分な血液が流れない状態です。血流不足により手先が冷たくなる場合や痛みが生じるケースもあります。重度の場合はシャントを作った手が壊死を起こす可能性がありますので、その前にシャントの血流を減らす、またはシャントを閉鎖して別の場所に新しくシャントを作らなければなりません。
これらの合併症を防ぐには、日々の聴診器よるシャント音(ザーザーと途切れない音)や自分の2指によるスリル(ザーザー・ビリビリとする感じが手に伝わる)を確認することが重要なのでご指導しております。
シャントの保護に必要な対策
シャントを保護し、長持ちさせるためには日頃からシャント保護に意識を向けておく必要があります。
シャント部を清潔に保つ
シャント感染を避けるために、シャント部を清潔に保つことを心がけてください。基本的に入浴による清潔の維持が重要なのですが、透析日の入浴に関しては注意が必要です。不必要にシャント部を汚さないように注意してください。
シャントの腕を鍛える
シャントがある方の腕を鍛えることも、シャント保護には重要なポイントになります。例えばゴムボールなどの適度な柔らかさを持つものを握って離すことを繰り返すことで、血管を太くして血流を確保できます。手軽な方法なので、テレビを見ながらなど時間がある時にやってみてください。
透析の日は入浴を避ける
透析の日、つまり透析のために穿刺した日は入浴を避けてください。まだ穿刺部の穴が完全にふさがっておらず、そこから細菌が入り込む可能性が高いです。基本的に翌日には入浴が可能なので、1日おきに入浴するスケジュールになります。もしくは、針穴に湯がかからないようにしてシャワーを浴びることや、透析日でも透析前であれば入浴は可能です。
怪我を避ける
シャント部が怪我をしないように注意してください、透析のために血流量を増やしているシャント部が怪我をすれば、大量に出血する可能性が高いです。腕を怪我する可能性がある作業やスポーツに関しては、シャントのある腕を使用しないなどの注意を払ってください。
また、シャントの保護のために日頃から長袖の服を着用することもおすすめの方法です。ただし、暑いからといって腕まくりをすると、腕を圧迫してシャントに負担がかかりますので注意してください。
体重管理を厳密に行う
シャントの保護のためには、体重の管理も重要なポイントになります。体重が増加すればドライウェイトの関係で、透析時の除水量が多くなります。過度な除水により血液量が減少すれば血圧が低下し、シャントの狭窄や閉塞を起こしやすくなってしまいます。
シャント保護のために避けるべき行動
シャントにトラブルが発生しないようにするためには、いくつか避けなければならない行動や状況があります。基本的に「シャントが圧迫されないようにする」ことが重要であり、日常生活では以下のポイントに注意しなければなりません。
重いものをぶら下げない
シャントがある腕で、重いものをぶら下げシャント音、スリルが途絶える行為は絶対に避けてください。シャント付近の血流が悪くなってしまいます。シャントがあるのは基本的に利き腕ではないほうなので、利き腕を使ってください。
睡眠中に圧迫しない
睡眠中にシャントのある腕を圧迫することは避けてください。睡眠中のリスクとしては手枕や腕枕が中心となります。ある程度は仕方がないのですが、シャントのある腕を体の下にしてしまうことにも注意してください。
腕時計や指輪をしない
シャントのある腕に腕時計や指輪をすることも避けてください。圧迫して血流を悪化させてしまいますので、場合によっては不便かもしれませんが、これらを装着しない、またはシャントがない方の腕に装着するなどしてください。
血圧を測定しない
シャントのある腕での血圧測定は避けましょう。透析患者さんは日頃の血圧測定が重要ではあるのですが、測定に際して腕の圧迫がどうしても必要になりますので、シャントがない方の腕で血圧を測ってください。
ぶつけたり叩いたりしない
シャントがある腕の圧迫や出血を避けるために、ぶつけたり叩いたりすることは避けてください。痒みが生じることがありますが、絶対に掻きむしったりしないようにしてください。
シャントの状態をチェックしよう
血液透析は基本的に病院で受けるため、シャントに異常が発生していれば医療スタッフの知るところとなります。しかし、シャントを保護して長持ちさせるためには患者さん自身によるチェックも欠かせません。日頃からシャントの状態をチェックし、何か異常を感じたら早めに通院先に連絡して指示を仰いで下さい。
音と拍動の確認
シャント部の音をきちんとあることを確認してください。日々の聴診器よるシャント音(ザーザーと途切れない音)や自分の2指によるスリル(ザーザー・ビリビリとする感じが手に伝わる)を確認し、いつもと違った音が聞こえたり、音が弱くなっていれば担当医・スタッフに連絡してください。
皮膚の確認
シャント部の皮膚の状態について確認します。皮膚の色が日頃と変わっていないか、盛り上がっているなどしていないかを確認してください。
痛みの有無の確認
シャント部やその周辺に痛みなどの症状が無いことを確認してください、痛みなどの症状があれば感染や閉塞などを起こしている可能性が考えられます。場合によっては症状の進行によって再手術をしなければならなくなる可能性もあります。
血液透析と腹膜透析
透析治療は、大きく分けると「血液透析」と「腹膜透析」の2種類が存在します。このうちシャントを利用するのは血液透析であり、腹膜透析では「カテーテル」を利用して透析液のやりとりを行います。
シャントを利用する血液透析
シャントを利用して血液透析が行われます。既に述べたとおりシャントは管理と保護が必要であり、仮にシャントに問題が生じれば再手術などの対処を行わないと安全に透析治療を継続することができません。
カテーテルを利用する腹膜透析
腹膜透析では、シャント手術を行いません。カテーテルを利用して腹部に透析液を注入し、腹部にある「腹膜」を利用して透析治療を行います。
腹膜透析にも管理は必要
腹膜透析にはシャントが不要である、つまり腹膜透析ではシャントの保護は不要であるということは間違いありません。しかし、腹膜透析では透析治療に必要なものを一切保護・管理しなくて済むというわけではありません。
前述の通り、腹膜透析ではカテーテルを利用します。このカテーテルの出口部に細菌が感染し、腹膜炎などの感染症の原因になる可能性があります。腹膜透析であれば管理が必要ないということはなく、どちらの透析でも健全な透析治療の継続には一定の保護が必要になります。
シャントを保護して長持ちさせる
血液透析のためのシャントは一生モノというわけではなく、患者さんの不注意次第ではすぐにトラブルが生じてしまいます。シャントに問題が生じれば何らかの対処が必要になり、透析患者さんの負担になってしまいます。日頃からシャントの状態をチェックして、何か異常を感じた場合は早めに通院先の病院に相談して指示を仰いでください。
保護しなければならないからと過度に神経質になることは避けなければなりませんが、全く注意を向けないことも避けなければなりません。気をつけるべきことは日常生活でのちょっとした注意点が中心になりますから、早めに慣れておきましょう。詳しくは担当の医師・スタッフに確認をとり、シャント「命綱」を保護して長持ちさせてください。