透析治療を受けている患者さんは、さまざまな不快な症状を呈する可能性があります。その中の一つが「便秘」です。今までの人生の中でも既に便秘の症状に悩まされたことがあるという人は、その辛さをよく理解していると思います。
なぜ透析患者さんが便秘に悩まされているのか、そのメカニズムは解明されています。しかし、だからといって「透析治療を受けているから便秘も仕方がない」と諦めてしまえば、生活の質を大幅に下げることになります。また、便秘を原因として別の病気の原因となる可能性も否定できず、健康を著しく損なう可能性もあります。
透析患者さんが健康的で充実した生活を送るために、なぜ透析治療が便秘の原因になるのか、どのように対処したら良いのかということについて説明します。
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便秘とは?
便秘は多くの人が知っていることだと思いますが、あらためて「便秘とは何か?」ということについて説明しておきます。便秘とは、便の排泄が困難になっている状態のことを言います。一言に便秘と言ってもいくつかの種類が存在します。
一般的には「排便の回数が減る状態」であると認識されていますが、排便回数に問題がなくても便秘であるというケースもあります。例えば排便の量が少ない、残便感がある、排便の感覚が不規則であるという場合であれば、便秘であると判断しても差し支えありません。
便秘の種類
便秘は消化器の何を原因として発生しているかによって「器質性便秘」と「機能性便秘」に分類することができます。
器質性便秘
消化器の形や病気を原因として起こる便秘です。腸閉塞や大腸がんなどを原因として便の通りが悪くなるケースや、腸の長さに問題があることで起こる便秘などがあります。原因疾患がある場合は治療により改善される事が多いので、早めに医療機関で相談してください。
これ以降の便秘の種類はすべて「機能性便秘」に分類されます。機能性便秘は、消化器の機能が低下することによって便秘になります。
急性便秘
腸の蠕動(ぜんどう)運動が鈍ることによって、一時的に発生する便秘です。主に以下のような原因で症状が現れます。
- 食物繊維の摂取量が少ない食事
- 生活環境の変化(進学や就職、結婚など)に伴うストレス
- 旅行などによる一時的な環境変化に伴うストレス
- 発汗時の水分不足
- 食事量が少ない
- 寝たきり
慢性便秘
便通が悪い状態が日常的に起こるタイプの便秘です。さらに3つのタイプに分類できます。
・弛緩性便秘
大腸の蠕動運動が弱まる、または筋力の低下によって便を押し出す能力が低下することで起こる便秘です。出産回数の多い女性や、高齢者に多く見られるタイプの便秘です。
・痙攣性便秘
過度なストレスによって自律神経が乱れ、腸の運動がひきつることで便秘になります。便秘と下痢の症状を交互に繰り返すケースもあります。
・直腸性便秘
便が直腸まで運ばれている状態にもかかわらず、便意が伝達されないことによって生じる便秘です。便意を我慢する生活を送る癖がある人に起こりやすいタイプの便秘です。浣腸の乱用によっても引き起こされます。
医原性便秘
薬の副作用によって生じる便秘です。がん治療において見られる事が多い便秘であり、抗がん剤や制吐剤、痛み止めによって腸や自律神経系の機能が障害されることによって便秘になります。
便秘の症状
- 排便回数の減少
- 頻回便(少量の硬い便を何度も出す)
- 排便時の不快感
- 腹部の膨満感
- 頭痛
- 胃もたれ
透析患者さんに便秘が見られる理由
透析患者さんの多くに便秘の症状が見られる原因は、第一に「食物繊維や水分の不足」つまり食事内容に問題があることが考えられます。透析治療を受けている患者さんは水分やカリウムの摂取制限が必要であり、その対象として「野菜」や「豆類」、「イモ類」に「果物」が挙がりやすいです。
食物繊維の不足
透析治療における食事療法では、高水分・高カリウムの野菜や果物は避けられる事が多いです。しかし、これらの食材は食物繊維の摂取源となっているため、水分やカリウムの制限に伴って食物繊維も制限されてしまいます。
「便秘の解消には食物繊維」ということは、現在では多くのメディアで取り上げられて知られている内容です。水分を吸収して腸を刺激する「不溶性食物繊維」と、便を柔らかくする「水溶性食物繊維」は、どちらも便秘解消に役立つ存在です。野菜や果物が不足する生活では、どちらの食物繊維も不足してしまいます。
水分の不足
食物繊維に加えて、水分の摂取量が減少することも透析患者さんの便秘の大きな原因となります。透析治療を受けている患者さんは飲水量が多いと透析時の除水が多くなって負担となるため、摂取制限が必要になります。
しかし、水分をあまりとらないということは、便の水分量も減少するということになります。体内の水分が不足すると腸の働きが低下し、便が水分不足で硬くなってしまいます。食物繊維不足等で既に便秘になっている場合であれば、大腸内の便はさらに水分を吸収されて水分不足を引き起こし、便秘を悪化させるという悪循環を引き起こしてしまいます。
運動不足
透析患者さんの便秘は、運動不足を原因としている可能性が考えられます。運動不足によって腸の蠕動運動が弱まり、腹筋が衰えることできばれなくなってしまいます。運動不足はストレスを溜め込む原因になるケースも考えられ、自律神経の乱れによって便秘を引き起こす可能性もあります。
透析治療を受けている患者さんは高齢者が多く、運動量を確保できないケースが多いです。また、若い世代の患者さんであっても貧血や全身倦怠感といった症状が見られる場合、十分な運動量を確保できないケースが考えられます。
薬の副作用
透析患者さんは、さまざまな薬剤を利用しますが、その中でも「リン吸着剤」や「カリウム吸着剤」などの薬剤には便秘の副作用が起こりやすいものがあります。
糖尿病
透析患者さんの中でも、糖尿病を患っている患者さんの場合はそれを原因として便秘を引き起こす可能性があります。糖尿病の合併症の一つに「神経障害」がありますが、特に自律神経に障害が起こっている場合は便秘を起こしやすくなります。
糖尿病の自覚症状
糖尿病は病期が徐々に進行するため、自覚症状が目立たないことが多いです。発症する可能性が考えられる自覚症状は以下のとおりです。
- 疲労感
- 尿量の増加
- 頻尿
- 喉の渇き
- 空腹感
- 十分食べているのに痩せる
- 目のかすみ
- 皮膚の感想
- 手足がチクチクする
- 手足の感覚が低下する
- ED
- 傷の治りが悪い
- 感染症発症率の増加
糖尿病の合併症
糖尿病は、さまざまな合併症があることが知られています。糖尿病の主な合併症は以下のとおりです。
- 糖尿病腎症
- 糖尿病神経障害
- 糖尿病網膜症
- 脳梗塞
- 心筋梗塞
- 閉塞性動脈疾患
- 糖尿病性足病変
- 歯周病
- 認知症
- 高浸透圧高血糖症候群
透析患者さんに必要な便秘対策とは?
食物繊維を十分に摂取する
透析患者さんの便秘解消において、最も重要なのは食物繊維摂取量を確保することです。前述の通り透析患者さんは水分やカリウムの摂取制限を必要としており、その対象となりやすい野菜や果物を避けがちになってしまいます。
しかし、どんな野菜でも水分とカリウムが多いわけではありません。例えば「ごぼう」は食物繊維量が多いですが、カリウム量は比較的少ないです。そうした野菜を中心に献立を考えれば、水分やカリウムを避けつつ十分な食物繊維量を確保できます。
もしくは、食物繊維のサプリメントや補助食品を利用するという方法がありますが、中にはカリウムが多量に含まれているものもありますので注意してください。詳しくは成分表を確認し、医師に相談してください。
1日何gの食物繊維が必要?
健康な人の場合、1日の食物繊維の推奨摂取量は男性20g以上、女性18g以上とされています。透析患者さんの場合は食事制限があるため、便秘解消のためには1日10g以上を目標にしてください。一般的な食材だけでは10gの目標を達成するのが難しい場合は、補助食品を活用して目標値に近づけてください。
食物繊維以外の食事の注意点
食事については、3食きちんと食べることや、食事をとるタイミングを整えることも便秘解消に役立ちます。3食きちんと食べると食事量が確保され、便の量が増加することによって便秘解消につながります。
脂質の適度な摂取も、脂肪酸による大腸への刺激によって便秘解消に役立ちます。また、適切な食事を継続することにより、リンやカリウムに関する薬の増量を防ぐことができます。
適度に運動を行う
適度に運動をすることは、便秘解消だけでなく全体的な健康にも寄与します。ただし体調を考慮して無理をすること無く可能な範囲で体を動かす程度にして、逆に健康を損なわないように注意してください。
実行する運動は軽めのウォーキングがおすすめです。また、腹部をマッサージすることも有効な方法となります。便秘解消の効果を長続きさせるためにも、運動やマッサージを継続して行うことが重要です。
下剤を利用する
便秘の改善方法として一般的ですが、透析患者さんでも下剤を利用することで便秘を解消することは可能です。ただし、透析患者さんの場合は利用できる下剤とそうでないものがあります。そのため、市販薬に頼るのではなく医師に処方してもらってください。
生活のリズムを整える
生活のリズムを整えることも、便秘解消に役立ちます。「排便の習慣をつける」「毎食きちんと食べる」といった基本的なことを継続することで、軽度の便秘であれば改善できる可能性が高いです。
便秘のタイプと有効な対策
便秘にはさまざまなタイプが存在し、それぞれに便や排便に特徴があります。発生している症状によって有効となる対策も異なりますので、自分がどのタイプの便秘を患っているかを正確に把握してください。
便秘のタイプ
便の量が少ない
摂取できている食物繊維の量、あるいは食事量そのものが少ないために便秘になっています。食物繊維含有量の多い食材を積極的に日頃の献立に取り入れたり、食物繊維が含まれたサプリメントを利用することをおすすめします。その際、水分やカリウムなどの摂取制限には注意してください。
便が硬い
腸で便の水分が過剰に吸収されたために便秘になっています。運動不足や筋力低下も原因の一部です。透析患者さんは水分を制限しなければなりませんが、メリハリをつけて飲水することをおすすめします。例えば朝一気に水を飲み、あとは制限の範囲内に留めることで便の水分量を確保しやすくなります。薬で便を柔らかくすることも可能なので、担当医に相談してみてください。
便意が起きない
腸の蠕動運動が弱まることで便秘になっています。刺激性下剤を利用するといった対処法が有効です。
便秘に悩む透析患者さんにおすすめの栄養
食物繊維
日頃の食生活では十分に食物繊維を摂取できない場合に、サプリメント等で摂取するのがおすすめです。カリウムやリン、塩分が含まれていないものを選んでください。
ビタミンB
自律神経を刺激して、腸の蠕動運動を高める効果が期待できます。過剰摂取には十分注意してください。
乳酸菌
腸内環境を整えて便秘対策となります。ただし一部はリン酸ナトリウムが含まれているため注意が必要です。
透析患者さんは「下痢」にも注意が必要
透析治療を受けている患者さんの中には、便秘ではなく「下痢」に悩んでおられるケースもあります。便秘ほど発症のケースが多いわけではありませんが、不快な症状であることには変わりません。
患者さんの中には「便秘に比べれば、排便できるだけマシ」と思われる方もいらっしゃいます。しかし、下痢に悩んでいる患者さんの多くはトイレに行く頻度が高くなり、透析治療の邪魔になることも考えられます。糖尿病や薬の影響によるものが考えられますので、早めに医師に相談して対処してください。
生活を見直して、透析による便秘を解消しよう
透析治療を受けていると、その仕組み上どうしても便秘を起こしやすくなってしまいます。だからといって透析治療を中止するわけにもいきませんので、いかにして透析を原因とした便秘に対処できるかが重要になります。
透析治療中の生活を原因とする便秘である以上、その対策も日常生活の中に含まれています。特に透析治療用の食事については注意が必要であり、摂るべき栄養と控えるべき栄養のメリハリをきちんとつけることが重要です。最初のうちはなかなか慣れないかもしれませんが便秘を回避・解消するためにも頑張ってください。
もし、生活習慣を見直しても便秘が解消されない場合は、早めに担当医に相談してください。排泄に関わることなので相談するのは恥ずかしく感じるかもしれませんが、便秘を解消して生活の質と健康を維持するためには必要なことと考えてください。