透析治療を受けておられる患者さんの中には、「手のしびれ」や「手の動かしにくさ」といった症状が現れることがあります。違和感レベルではなく明らかに手の異常を感じたら、誰もが不安になってしまうことでしょう。
透析患者さんの手のしびれの症状は「手根管(しゅこんかん)症候群」である可能性が考えられます。あまり聞き慣れない病名なので余計に不安に感じてしまうかもしれませんが、だからこそ病気について理解して透析治療に対する不安を取り除くことが重要だと言えます。
そこで、手根管症候群とはどんな病気なのか、どういった原因で発症するのかについて説明します。
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手根管症候群とは?
手根管症候群とは、手根管の中を通っている正中神経が、何らかの原因で圧迫される事によって発症する病気です。片手だけに発症するケースと、両手に発症するケースがあります。
手根管症候群の症状
人差し指や中指のしびれ
手根管症候群では、神経が圧迫されている手の指がしびれます。ただし全ての指が等しくしびれるわけではなく、主にしびれるのは「人差し指」「中指」と「薬指」「親指」の人差し指・中指側です。小指と、薬指の小指側には症状が出にくいという特徴もあります。
手を振ると症状が和らぐ
手を振る動作をすると、指の症状が和らぐことが多いです。指の運動をしても同様に症状が和らぐことがあります。
起床時に症状が重い
指のしびれや痛みは、特に朝起きた時に症状が重くなりやすいという特徴があります。症状がひどい場合には夜中に指の痛みで目を覚ましてしまうこともあります。その場合は早めに整形外科を受診しないと、睡眠不足を原因として生活の質を大幅に下げることになります。
親指付け根の母指球筋がやせる
手根管症候群が進行すると、親指の付け根にある「母指球筋」という筋肉がやせてきます。母指球筋は親指の屈曲と伸展、内転などの動きを司っており、母指球筋がやせることでその機能に障害が発生します。例えば通常であれば親指と人差指で丸(◯)を作れますが、母指球筋がやせているとこれができなくなります。
「つまむ」「細かい作業」が困難になる
指のしびれと親指の力が減衰してしまうことにより、指でつまんだり、細かい作業をする時に困難が生じやすくなります。症状が進むと次第に食器を持ったり字を書くのにも不便を感じることになり、生活の質を大幅に下げる原因となります。
透析患者さんの手根管症候群の原因
手根管症候群の原因はさまざまなものが考えられていますが、透析患者さんの場合は「アミロイド」の沈着が原因であるとされています。横手根靭帯や腱鞘滑膜にアミロイドが沈着し、正中神経を圧迫することでしびれなどの症状をもたらしているとされています。
透析アミロイドーシスとは?
「透析アミロイドーシス」とは、長期間にわたって透析治療を受けている患者さんに見られる病気です。手や指のしびれや痛みを生じ、その動きに障害をもたらします。透析治療を開始してから10年以上になる患者さんに多く見られる疾患であるとされています。
透析アミロイドーシスの原因
透析アミロイドーシスの原因は、「ベータ2ミクログロブリン」というタンパク質が骨や関節に沈着することです。通常、ベータ2ミクログロブリンは腎臓で濾過された後にその大部分が尿細管において再吸収・分解されるのですが、腎臓の機能が低下している場合だと分解が阻害されて血中のベータ2ミクログロブリンの濃度が上昇します。
その結果、患者さんの体内にベータ2ミクログロブリンが蓄積していきます。骨や関節に沈着してしまったベータ2ミクログロブリンは「アミロイド」という物質に変化するのですが、アミロイドは水にも酸にもアルカリにも溶けず、骨や関節に痛みや変形を起こし、運動障害をもたらしてしまいます。
透析アミロイドーシスの症状
- 手指のしびれ
- 手指の痛み
- 手指のひっかかり
- 手指の動きの障害
- 肩の痛み
透析アミロイドーシスの予防法
透析アミロイドーシスによる症状は、治療が難しいとされています。また、透析治療を中断することも選択肢には含まれませんから、いかにして透析アミロイドーシスを予防できるかということが重要になります。
透析アミロイドーシスの予防には、最新の透析設備を利用することが何よりも重要なポイントになります。透析アミロイドーシスの原因物質であるベータ2ミクログロブリンをできる限り除去することが予防の基本となります。ベータ2ミクログロブリンの除去においては、分子量の大きな物質を透過させやすい高性能膜を使用することが有効です。
ただし、透析膜の透過性を高めることは透析液に混入した毒素が透析中の血液中に逆流するといった問題点を生じさせてしまいます。そのため、高性能膜を利用するだけでなく、いかにして透析血液中の毒素の濃度を低下させられるかが重要なポイントになります。
手根管症候群の診断
ティネル徴候
手首の手のひら側を叩き、指先側に痛みが響くことを「ティネル徴候」と言います。
手関節屈曲テスト
手首を手のひら側にできる限り曲げる時、しびれや痛みが強くなるテストにおいて陽性となります。
その他の検査方法
- 電気を用いた検査
- 知覚テスター
手根管症候群のセルフチェック法「ファーレンテスト」
手根管症候群の診断については前述のとおりですが、自宅で簡単にセルフチェックする方法として「ファーレンテスト」という方法があります。
- 手首を手のひら側に直角に曲げる
- 体の正面で両手の甲を合わせる
- 1分間その状態を継続する
- しびれが生じる(強くなる)、または痛みが生じるかどうかチェックする
ファーレンテストを実施して、手のしびれが強くなったり痛みが生じる場合には手根管症候群である可能性が疑われます。ファーレンテストを開始して1分経たずにしびれや痛みが生じた場合は、その時点でテストを中断してください。そして、早めに医療機関を受診して精密な検査を受けるようにしてください。
手根管症候群になりやすい人
- 人工透析治療を受けている患者さん
- 手首を酷使している人
- 手首の骨折を経験したことがある人
- 妊娠中の女性
- 更年期以降の女性
手根管症候群の治療方法
薬物療法
手根管症候群が初期の段階で症状が軽微であった場合は、薬物療法だけでも十分な効果を発揮するケースがあります。ビタミン剤の服用、もしくは手根管内へのステロイド注射を行います。また、症状がある手を安静にしておくことも症状の改善に有効となりますので、装具を装着することがあります。
手術療法
手根管症候群が重度で薬物療法が奏功しない、あるいは母指球筋がやせている場合には手術療法を選択します。手根管を覆っている靭帯を切開し、手根管の容積を増大して正中神経への圧迫を解消します。
従来の手術は手根管部の切開によって、直視下で靭帯を切る手術が用いられていました。最近では関節部と手掌部に1cm程度の切開を行い、内視鏡下で靭帯を切る手術も用いられています。手根管の開放だけでなく、神経の剥離を行う場合もあります。
手のしびれを自覚したら早めに医師に相談を
透析患者さんはアミロイドの沈着によって手根管症候群を発症しやすくなってしまいます。さらに手根管症候群のリスクを高める素因を持っている場合だと、発症率は高くなります。
充実した生活に欠かせない「手」に症状が出る以上、放置すれば生活の質を下げることになります。病気が進行すれば負担がかかる治療が必要になりますので、早い段階で治療を開始したいところです。手のしびれや痛み、ちょっと違和感を感じただけでも医師に相談し、検査や必要に応じて治療を受けるようにしてください。