腎臓には、さまざまな働きがあります。血液中の不要となった老廃物や水分を尿として排泄したり、ホルモンを分泌したりしながら身体のバランスを保っています。腎臓の機能が低下すると、ホルモンの分泌が減るために起こる症状の1つとして“腎性貧血”があります。今回は、腎性貧血についてお話していきます。
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貧血とは?
血液は、赤色をしていますが、その色素は赤血球といわれる血液細胞の色です。赤血球の中には、鉄を含むヘモグロビンが含まれています。私たちの身体は、生きていく上で酸素が必要不可欠です。赤血球の中のヘモグロビンは、肺から酸素を受け取り、身体のすみずみまで酸素を運搬するという働きがあります。
貧血とは、赤血球の数が減少したり、赤血球自体の酸素を運搬する能力が低下した状態のことをいいます。
腎臓の機能が低下すると、なぜ貧血になるの?
腎臓の働きの一つに、体内のさまざまな成分や血圧を調整するために必要なホルモンを分泌するというのがあります。腎臓が産生する重要なホルモンの一つにエリスロポエチン(EPO)があります。
通常、エリスロポエチンは腎臓で産生された後、血流を介して骨髄に到着します。ここでエリスロポエチンは、赤血球を増産するよう指令を出します。つまり、エリスロポエチンは赤血球の産生に必要な造血ホルモンです。貧血になった時や、酸素の少ない環境(高地など)では、腎臓からエリスロポエチンが多く産生されます。
しかし、腎臓の機能が低下した状態では、必要な量のエリスロポエチンが産生されず、赤血球を増産する指令が不十分となり、赤血球が足りない状態になります。この状態を“腎性貧血”といいます。
腎性貧血が起きる原因
エリスロポエチンの欠乏
・腎臓の機能低下
・尿毒症によりエリスロポエチンの働きが抑えられてしまう
赤血球産生の抑制
・造血基質(鉄、葉酸、ビタミンB12)の欠乏
・アルミニウム(Al)の蓄積
・造血組織の減少(線維性骨炎、骨髄線維症)
赤血球の寿命の短縮
・尿毒症状態では健常人(100~120日)の1/2~1/3に短縮
失血
・頻回の採血
・人工透析を受けている場合は、使用する機器に血液が残ってしまう
腎性貧血は、いつごろから起こるの?
慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)では、GFR(推定糸球体濾過量)が60ml/min/1.73m2未満(CKD:G3a~G5)になると腎性貧血になる頻度が増加します。
<慢性腎臓病(CKD: chronic kidney disease)病期>
https://www.icy.or.jp/harada-hospital/outpatient/special/ckd/
※eGFR値(推定糸球体濾過量)…血清クレアチニン値と年齢・性別を用いて算出し、腎機能の指標として使用しています。【NPO法人 腎不全サポート協会 腎不全とその治療法より引用】
腎性貧血の症状とは?
腎性貧血になると、身体の隅々に酸素があまり運ばれなくなり、倦怠感や呼吸困難が症状として現れます。その他にも集中力低下、めまい、睡眠障害、頭痛、寒さに耐えられなくなったりします。貧血がすすむと、心臓から送り出す血液量を増やそうと心臓が必要以上に頑張ることで心臓に多くの負担がかかり、動悸や心拍数の増加、心臓肥大の原因にもなります。その他の症状では、手のひら、爪、口腔粘膜に皮膚の蒼白がみられます。
腎性貧血は、急に現れるのではなく、ゆっくりと進行していくという特徴があります。そのため、身体が貧血の状態に慣れてしまって自覚症状がでないこともあり注意が必要です。
腎性貧血の自覚症状をチェックするポイント
- 下まぶたの内側が白い
- 少し動いただけで、息切れを感じる
- 身体がだるい、疲れやすい
- くちびるや爪の色が悪い
- 脈がいつもより早い(数が多い)
- 立ちくらみがある
腎性貧血の検査とは?
問診
自覚症状がないか確認します
採血
赤血球数(red blood cell count :RBC)
腎機能正常者の正常値は、男性で470×104/µL(410~530)、女性で430×104/µL(380~480)で、男性の方が女性より高値を示します。
血色素(ヘモグロビン:Hb)定量
日本人における貧血の診断基準は、成人男性ではHb<13.5g/dL、成人女性では<11.5g/dLとされています。透析患者さんのコントロール目標値は、Hb10~11g/dLとなっています。
赤血球容積(ヘマトクリット:Ht)
血球の容積を示す指標で単位は、%である。日本人における貧血の診断基準は、成人男性ではHt<40%、成人女性は<35%とされています。透析患者さんの目標値は30前後となっています。
平均赤血球容積(mean corpuscular volume:MCV)
個々の赤血球の平均容積を絶対値で表したもので、正常値は80~100fL.この数値により大球性、正球性、小球性と判定されます。
MCV(fL)=Ht(%)/RBC(106/µL)×10
小球性貧血(MCV<80) |
正球性貧血(MCV80~100) |
大球性貧血(MCV≧101) |
鉄欠乏性貧血 慢性疾患に伴う貧血 鉄芽球性貧血 サラセミア 無トランスフェリン血症 銅欠乏 亜鉛欠乏 など |
急性出血 鉄欠乏性貧血(早期) 二次性貧血(感染、炎症、悪性腫瘍) 骨髄抑制 慢性腎臓病(CKD) 甲状腺機能低下 など |
肝障害 ビタミンB12欠乏 葉酸欠乏 甲状腺機能低下 再生不良性貧血 骨髄異形成 薬剤性 など |
網状赤血球数(reticulocyte:Ret)
成熟赤血球になる前の幼若な赤血球で、造血が盛んな場合には末梢欠にも増加して認められる。赤血球数に対する比率で表され、正常値は0.5~1.5%。様々な貧血の回復期、溶血貧血などで増加するが、骨髄で造血がみられない場合などでは著しく減少します。
血清鉄(Fe)
身体の中の鉄は、約2/3が赤血球のHbとして、1/3弱がフェリチンやヘモジデリンなどの貯蔵鉄として肝臓や脾臓内に存在しています。血清鉄は、鉄結合蛋白であるトランスフェリン(Tf)と結合して血液中に存在しています。透析患者さんの血清鉄の基準値は、男性で82~136µg/dL、女性で77~117µg/dLです。
トランスフェリン飽和度(TSAT)
健常な場合、Tfの約1/3と鉄が結合し、残りは未結合の形で存在しています。血清中のすべてのTfと結合できる鉄の総量を総鉄結合能(total iron binding capacity:TIBC)といい、不飽和(未結合)のTfと結合しうる鉄の量を不飽和鉄結合能(unsaturated iron binding capacity:UIBC)と呼びます。
TIBC(µg/dL)=UIBC(µg/dL)+血清鉄(µg/dL)の関係にあり
Tf飽和度(TSAT )%=[血清鉄(µg/dL)÷TIBC(µg/dL)]×100
血清フェリチン
身体の中にどれぐらいの鉄が貯蔵されているかを調べる検査です。透析患者さんの基準値は、100ng/mLです。
透析患者さんでは、TSAT(<20%)と血清フェリチン濃度が(<100ng/mL)をもとに明らかな鉄欠乏状態を確認してから鉄剤の投与を開始します。
その他にも、血中アルミニウム濃度、インタクトPTH(i-PTH)、C反応性蛋白(CRP)、ビタミンB12、葉酸、便潜血などを調べます。
※CKD患者さんの貧血は、腎性貧血である可能性を考えますが、鉄欠乏、溶血、出血、重症感染症や悪性腫瘍の合併などのほかの原因疾患も見逃さないようにします。
CKDステージ別 貧血評価の推奨頻度
GFR<60ml/min/1.73m2であるCKDステージG3a~G5では定期的に貧血の有無と程度をチェックすることが推奨されています。
CKDステージ |
貧血なし |
貧血あり (エリスロポエチン製剤未使用) |
G3a |
少なくとも年1回 |
少なくとも3ヵ月毎 |
G3b |
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G4 |
少なくとも年2回 |
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G5 透析未 |
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G5 腹膜透析中 |
少なくとも3ヵ月毎 |
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G5 血液透析中 |
少なくとも毎月 |
腎性貧血の治療とは?
腎性貧血に対する治療の第一選択は、赤血球造血刺激因子製剤(erythropoiesis stimulating agent:ESA)の投与です。エリスロポエチンの分泌不足を補うためにおこないます。ESAの投与にあわせて食事療法や鉄剤の投与もおこないます。
目標Hb値と治療開始基準
日本透析医学会による『2015年版 慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン』では、ESA療法の目標Hb値は
・血液透析患者さんで10 g/dL以上12g/dL未満とし、Hb値10g/dL未満となった時点で腎性貧血治療を開始することを推奨する。
・成人の保存期慢性腎臓病(CKD)患者の場合、維持すべき目標Hb値は、11g/dL以上13g/dL未満とし、Hb値11g/dL未満となった時点で腎性貧血治療を開始する。
・成人の腹膜透析患者さんの場合、維持すべき目標Hb値は11g/dL以上13g/dL未満とし、Hb値11g/dL未満となった時点で腎性貧血治療を開始する。腹膜透析患者さんは基本的に保存期CKD患者さんに準じて考える。
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ESA開始時Hb値 |
目標Hb値 |
減量・休薬Hb値 |
血液透析 |
10g/dL未満 |
10 g/dL以上12g/dL未満 |
12g/dLを超える |
保存期CKD |
11g/dL未満 |
11 g/dL以上13g/dL未満 |
13g/dLを超える |
腹膜透析 |
11g/dL未満 |
11g/dL以上13g/dL未満 |
13g/dLを超える |
※短期間に貧血が改善したり、Hb値が必要以上に高くなり過ぎたりすると血圧の上昇やシャント閉塞をはじめとした血栓症が起きやすくなります。そのため、重篤な心・血管系疾患の既往や合併症がある方は特に注意が必要です。
ESAの種類
遺伝子組換えヒトエリスロポエチン製剤(rHuE-PO)
エポチンアルファー(エスポー®)、エポチンベーター(エポジン®)。これらは、半減期(薬の効果が半分以下になって効果がなくなるまでの時間)が短く、透析ごとに注射する必要があります。
ダルベエポジンアルファ(DA)
ネスプ®は、rHuE-PO分子構造を変化させた長期作用型製剤で半減期が長く1週間~2週間に1回の投与となっています。
エポチンベーターペゴル(CERA)
ミルセラ®の半減期は、DAよりもさらに長く、月1回投与が可能となった長時間作用型ESA製剤です。保存期CKD患者さんの通院頻度を減らすことができます。
ESAの投与方法
血液透析患者さんの場合は、透析回路を通して静脈内投与をおこないます。保存期CKD患者さん、腹膜透析患者さんは、皮下注射で投与をおこない、血液透析・腹膜透析を併用している患者さんは、静脈内注射で投与を行います。
ESAの副作用
血圧上昇、血栓症、頭痛、倦怠感、発熱、悪寒、骨の痛みなどが起こることがあります。
ESA低反応性とは?
十分なESAを投与してもHB値が維持できなかったり、低下する場合を“ESA低反応性”といいます。
ESA低反応性の主な原因
鉄欠乏が主な原因となっています。実際に鉄が欠乏している場合(絶対的鉄欠乏)と体内には鉄があるにも関わらず造血に利用されない場合(機能的鉄欠乏)があります。
血液透析では、採血や透析回路内に血液が残ってしまいます。1回の透析で約10~30mLの血液が失われており、鉄に換算すると3~10mgの鉄が失われていることになります。健常者が1日に消化管から吸収する鉄は、1~2mgと考えられており、経口で鉄剤を投与しても透析で失われる鉄の量を補うことができません。そのため、透析時に透析回路を通して静脈内投与が推奨されています。
血清フェリチン濃度が低い患者さん
消化管からの鉄吸収が促進されているので、食事や経口鉄剤の投与により必要量の鉄が吸収されているので、静脈内投与による鉄補充は必要ありません。
血清フェリチン濃度が高い患者さん
体内への鉄投与は過剰となるため、新たな鉄投与はおこないません。鉄の造血への利用促進やESA低反応性の原因検索をおこないます。鉄過剰状態では、感染リスク上昇や心筋梗塞や脳卒中などの発症を増加させる可能性があるので注意が必要です。
その他の原因
出血 |
消化管や性器からの出血 |
感染症、炎症 |
慢性的な感染症も含む |
悪性腫瘍 |
血液の悪性腫瘍 |
薬剤性 |
アンジオテンシン変換酵素阻害薬をはじめとした降圧剤など |
透析不足 |
造血を妨げる尿毒素物質の貯留 |
造血に必要な物質の欠乏 |
低栄養、鉄、カルニチン、ビタミンC、ビタミンE、亜鉛、銅などの欠乏 |
脾臓機能亢進 |
肝硬変など |
腎性貧血治療の新たな薬とは?
国内では、次世代の腎性貧血治療薬と期待されるHIF-PH阻害剤が製薬会社5社で開発中です。数年のうちにHIF-PH阻害剤が発売される予定となっています。
HIF-PH阻害剤とは
高地などの低酸素状態に適応する人体の生理的な反応を活性化させる薬剤です。通常の酸素量の場合、エリスロポエチン転写因子「低酸素誘導因子(HIF)」は、HIF-PHによって急速に分解されてしまいます。低酸素状態では、細胞への酸素の供給が不足状態に陥るとHIFの産生を上昇させ、エリスロポエチンの産生を増やすとともに、鉄の利用効率を高めて赤血球の産生を増やします。HIF-PH阻害剤は、HIF-PFを阻害するため、HIFが分解されることなく安定化することで低酸素状態における人体の生理的な反応と同じ状態になります。
経口剤のHIF-PH阻害剤は、ESA低反応性の患者さんにも効果がある可能性があり腎性貧血治療薬として期待が寄せられています。
貧血改善の効果とは?
保存期CKD~導入期腎不全
保存期腎不全においてESA治療は、腎保護効果を示すことが報告されています。ESAにより貧血治療がおこなわれた群と治療を行わなかった群を比較すると、透析導入までの期間やCrが倍に増えるまでの期間が延長したという報告もあります。導入前にESA治療が行われていた患者さんでは、透析導入後の生存率に改善がみられたとする報告もあります。
透析期腎不全
貧血の改善をおこなうことで、労作意欲、活動性、易疲労感、動悸、息切れ、頭痛、食欲低下、性欲減退などに好影響をもたらします。また、耐運動能の増加、心胸比の改善、左室容積の減少、1回心拍出量の減少なども報告されています。このような結果から入院や死亡に対するリスクの減少も報告されています。
このような、さまざまな報告から貧血の改善は重要だといえます。
日常生活で気を付けることは?
食生活
エリスロポエチンの働きを効果的にするためにも、正しい食事療法を守ることはとても大切です。魚介類、レバー、チョコレート、ドライフルーツ、豆類、緑黄色野菜などには鉄分が多く含まれていますがカリウムやリンの含有量も多くなっていたりするので、カリウム・リンの摂取量に注意しながら、日頃からしっかりと栄養を摂るようにしましょう。
適度な運動
透析患者さんにおける運動療法は、心臓や血管の働き、骨や筋肉の状態を改善して貧血に伴うさまざまな症状を改善してくれます。
自分の体力にあった運動内容を知り、無理をしない程度に運動しましょう。体調や体力はその人によってさまざまです、急な動作をすると立ちくらみが起こり転倒したり、過度な運動によって息苦しさや胸痛が出現したりすることがあるので注意し、医師に相談してから運動を開始するようにしましょう。
その他
微量の出血(歯茎や痔からの出血など)でも長く続くと、貧血の原因となります。胃・十二指腸からの出血では便が黒くなり、大腸からの出血では便が鮮紅色となります。気にならないほどの微熱が長く続いた場合にも貧血が増悪するので、軽く考えず医師に相談することが必要です。
風邪や気管支炎、腸炎などで食欲が低下すると貧血も悪化するので、うがい、手洗いをしっかりとするように心がけましょう。